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2020年12月17日 (木)

学術会議への任命拒否問題を考え続けなくては

 学術会議の新会員任命拒否問題をこのままにしてはいけない。自分の意見を表明したり、文書を発表したりしたことがある者にとっては人ごとではないのだけど、それ以上にすべての人とっても日本の将来にかかわってくる問題だ。これがターニングポイントだったと後に言われないようにしなくてはならない。

 中島岳士氏へのインタビューが毎日新聞に掲載されていた。いつもながら的確な指摘だと思う。たくさんの人に読んでもらいたい。

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排除する政治・学術会議問題を考える:/上

“理由示されず、忖度加速”

東京工業大教授・中島岳志氏

毎日新聞 2020年12月17日 東京朝刊

 
中島岳志 東京工業大教授=東京都千代田区で2018年8月3日
梅村直承撮影

 日本学術会議が推薦した新会員候補者のうち6人を菅義偉首相が「任命拒否」した問題が尾を引いている。拒否された候補は過去に政府方針に反対した経緯があり、見せしめ的手法で異論を排除しようという政権側の思惑がにじむ。この問題をどう見るか、識者に聞く。近著「自民党 価値とリスクのマトリクス」などで菅氏の政治手法を分析している中島岳志・東京工業大教授(日本政治思想)は、「こうした手法はあっという間に国民に向けられる」と警鐘を鳴らす。

【聞き手・浦松丈二】

 ――6人を任命しなかった菅首相の狙いをどう見ますか。 

 ◆菅さんの狙いは忖度(そんたく)を加速させることでしょう。理由を明かしていないことがポイントです。理由を明かさないことで「あの時の発言が引っかかったのではないか」「いやあの発言だ」と周囲が詮索し、自主規制のハードルを上げてしまいます。明確な理由が提示されないほど、忖度は加速するのです。

 ――確かにメディアは6人が任命されなかった理由を必死に報じています。

 ◆まさに術中にはまっています。菅さんの思い通りにメディアが「加藤陽子教授は過去に何を言っていたか」「何が引っかかったのか」と詮索している。思っているように動くメディアの姿に、菅さんはほくそ笑んでいることでしょうね。

 ――官房長官時代には官僚支配が恐れられました。

 ◆菅さんの特徴はなんといっても「人事」です。人事権を握ることで、巧みに誘導し、忖度を生み出すことで、相手を支配しようとします。野党時代に書いた自らの著書「政治家の覚悟」の中で、手の内を明かすように次のように述べています。

 <人事権は大臣に与えられた大きな権限です。どういう人物をどういう役職に就けるか。人事によって、大臣の考えや目指す方針が組織の内外にメッセージとして伝わります。効果的に使えば、組織を引き締めて一体感を高めることができます。とりわけ官僚は「人事」に敏感で、そこから大臣の意思を鋭く察知します>

 明確に言わなくても官僚は<察知する>のです。<官僚>を<学者>に読み替えてください。官僚支配を学術界に広げていくことが菅首相の狙いなのでしょう。こうした手法はあっという間に国民に向けられると思った方がいい。

 ――任命されなかった加藤陽子・東京大教授は毎日新聞に寄せたコメントで「なぜ任命されなかったか」を被推薦者に尋ねるのは本末転倒だと。首相の決定こそを問題にすべきだと喝破しています。

 ◆その通りだと思います。忖度のメカニズムが国民に及んでしまった例として、戦前の宮沢・レーン事件という有名な冤罪(えんざい)事件を思い出します。戦前にあった軍機保護法は1937年の改正でスパイ取り締まりの対象が軍内から一般国民に拡大されました。この法律を使って、北海道大学の宮沢さんという学生が米国人のレーン先生と一緒にスパイ容疑で逮捕されてしまう。両親も同級生も冤罪を疑って、いろんな人に話を聞いて回りました。ポイントになるのが、レーン先生がお世話になっていた本屋の主人です。同級生から話を聞かれた主人は「親しくありません」と答えてしまう。親しいと答えたら、仲間と間違われて捕まるのではないかと、口をつぐんでしまうのです。これが忖度のメカニズムです。権力側が設定した基準以上に、言論の自主規制が起こり、自発的に萎縮が拡大していきます。

 ――こうした悲劇がまた起きてしまうのですか。

 ◆ええ。フランスの思想家ミシェル・フーコーの「監獄の誕生」にパノプティコンという監視システムが紹介されています。中央の看守からは全収容者が見渡せ、収容者はブラインドなどによって互いの姿や看守が見えない工夫がされている。つまり、いつ自分が見られているのかが分からない。そうすると、収容者は監視されていることを前提に行動するようになり、最終的に看守がいなくても従順になります。フーコーは、効率的かつ効果的、ローコストで人間を支配するためにはどうすべきかを考え、パノプティコンというシステムにたどり着きます。重要なのは実際に監視することではない。監視されているという思いを植え込むこと。自分はチェックされているのではないか。難しい言い方をすると、権力のまなざしの内面化が人々に起きたとき、権力の支配の構造が最も効率的で効果的に発揮されるというのがフーコーの議論です。

 学術会議の問題に戻ると、6人が任命されなかった理由を誰も言わないのです。そして人々が詮索を始める。6人は何を言ったか、何に署名したか。メディアが報じた情報も含め、出てきた情報がすべてハードルに変わっていく。学術会議の会員になりたい人はたくさんいるでしょう。その人たちにとって、詮索して出てきた6人の情報が、新たな歯止め、基準になっていく。「政府に批判的な発言をすると、候補者から外されるのではないか」「だったらやめておこう」となると、菅さんの術中にはまっていくのです。

服従、学者の次は国民

 ――それにしても105人の推薦者から6人が選ばれた理由が分かりません。誰が見ても立派な研究者だと思います。

 ◆そこです。いずれも穏やかな論客とみられています。だから狙われたのでしょう。6人が政治色の鮮明な左派だったとしたら、あいつは極端な反政府論者だから引っかかったのだ、と思われて安心させてしまう。むしろ穏やかな論客であれば、ほとんどが自分も当てはまるところがある、と思うでしょう。よく考えているなと思います。研究者には、特定の政治的ステートメントに賛同人として名前を連ねてほしいという依頼が来ます。しかし、これからはちゅうちょする人が出てくるでしょうね。要するに萎縮が起きてしまう。

 ――学問の自由まで萎縮したら日本の民主主義、国力は発展しないのでは。

 ◆科学コミュニティーの戦争協力への反省から発足した学術会議は、その歴史からも、政府が科学技術を使って暴走することをチェックする役割を担っています。やはり菅さんは学術会議が邪魔だと思っているのでしょう。学術会議は基本的に政府のチェック機能ですから。

 ――科学者たちに軍事研究をさせたいのでしょうか。

 ◆大学や研究機関が軍事研究に加わるような方向性を持っているのは事実でしょう。しかし、菅さん自身に、軍事研究への強いこだわりは感じられません。それよりも熱心なのは、携帯電話料金の値下げと、それにリンクしたデジタル庁の新設です。この二つはセット、リンクしたものと考えた方がいいでしょう。値下げを訴えることによって、大衆の支持、世論のバックアップを手に入れて、デジタルを扱う企業や団体に介入していく。これは菅さんが繰り返し使ってきた手法です。

 典型的なのがNHKです。菅さんは総務相時代の2007年に総務省の課長を交代させ、NHK改革の主導権を握りました。さらに受信料の2割値下げをNHKに要求して、大衆の支持を取り付け、職員の高給への批判や番組制作の不祥事などを利用して、会長人事に介入したと報じられました。値下げ要求で世論を味方に付けて、NHKを骨抜きにしたのです。

 菅さんの周囲には警察官僚がたくさんいます。世論を味方に付け、関連企業に介入し、デジタル庁を新設し、非常に効率的に情報を入手していく。スマートフォンの利用などによってデジタル化された大量の個人情報を効率的に収集できるようになれば、フーコーのいう支配がより簡単になるのではないでしょうか。

 実際には監視しなくてもいいのです。監視システムを見せるだけでいい。たとえば見せしめ逮捕です。ツイッターデモを呼びかけた人物を特定してみせる。何かの別件で見せしめ逮捕してみる。方法はいくらでもあります。要するに、チェックしているなと思わせることが重要なのです。

 そうすれば皆が服従する。そんな社会が目前まで来ているのです。


 ■人物略歴

中島岳志(なかじま・たけし)氏

 1975年、大阪府生まれ。京都大大学院博士課程修了。博士(地域研究)。専門は近代日本政治思想、南アジア地域研究。「親鸞と日本主義」「『リベラル保守』宣言」「保守と立憲」など著書多数。 

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