ヘイトスピーチ
ツイッターをチェックしていて最近気になっていたのが、菅直人氏が橋下徹氏をヒットラーになぞらえたことで大反響となった件だ。
ツイッターをいくら眺めても断片的な言説しか見えてこない。モヤモヤ感が募るばかりだったのだが、毎日新聞のこの記事を一読してすごくすっきりした。ヘイトスピーチという概念が広く認識されていない状況に付け込んで、自身への批判をすり替えるようなことが許されるようでは日本の未来は暗くなるばかりだ。
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「ヒトラー想起」と言えばヘイトスピーチなのか? 研究者に聞く | 毎日新聞
毎日新聞 2022/2/5 12:00(最終更新 2/5 22:15)
すごい時代がやって来た。橋下徹元大阪市長の弁舌をとらえて「ヒトラーを想起する」と評すれば、あるいは先日死去した石原慎太郎元東京都知事の言動を批判すれば、どれも「ヘイトスピーチ」なのだ、と政治家が主張し始めたのだ。日本のヘイトスピーチ研究の草分け、前田朗・東京造形大名誉教授は開いた口がふさがらない。【吉井理記/デジタル報道センター】
――菅直人元首相がツイッター上で、橋下さんの名前を挙げて「主張は別として弁舌の巧みさでは政権を取った当時のヒトラーを思い起こす」(1月21日)などと投稿したことについて、橋下氏と関係の深い日本維新の会代表の松井一郎大阪市長が「ヘイトスピーチだ」と批判し、メディアやネットを巻き込んだ論争になっています。これ、ヘイトスピーチですか。
◆……全く違います。ヘイトスピーチではありません。世界はもちろん、日本にもそんな考えはない。それは歴然としています。ヒトラーに例えて論評することがふさわしいかどうか、という問題はありますが、ヘイトスピーチとは何の関係もありません。
――今さらですが、ヘイトスピーチとは何でしょう。
◆国際的に確立した定義はありません。ただし、国際人権規約(国連総会で1966年採択)の20条(戦争をあおったり、差別や敵意、暴力をあおる国民的、人種的、宗教的憎悪を唱えることの禁止)と、人種差別撤廃条約(65年採択)の4条(あらゆる人種的な優越や憎悪に基づく思想の流布、差別の扇動などの禁止)にあたるものをヘイトスピーチとするのが世界の共通認識です。現在では性別や障害に基づく差別扇動なども含むことが多い。
――日本ではどうでしょうか。
◆ヘイトスピーチ解消法(2016年施行)は2条で、ヘイトスピーチを「本邦外出身者(日本以外の国・地域の出身者やその子孫の居住者)であることを理由に、差別を助長・誘発する目的で心身や名誉、財産に危害をあたえるようなことを言うなど、地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動」などと定義しています。在日韓国・朝鮮人、在日中国人への差別が念頭にあります。
――国際的な理解でも日本の定義でも、政治家の言動をヒトラーに例えるようなケースには全くあてはまりませんね。
◆そうです。かすりもしません。日本の定義で言うなら、橋下氏も松井氏も「本邦外出身者」ではありませんし、菅元首相の投稿も「本邦外出身者」であることを理由に、橋下氏らへの差別を助長して地域社会から排除しようとするものではありません。政治家による政治的論評に過ぎない。これをヘイトスピーチと同列に語る人たちの幼稚さにあきれています。
――国際的にはどうでしょうか。維新副代表の吉村洋文大阪府知事は菅元首相の投稿について「国際法上あり得ない。どういう人権感覚をお持ちなのか」(1月24日、府庁で記者団に)と批判したと報じられましたし、橋下氏も「ヒットラーへ重ね合わす批判は国際的にはご法度」(1月23日、自身のツイッターで)と発言しました。
◆どれもウソです。欧州をはじめ国際的にはユダヤ人を虐殺したヒトラーの礼賛こそ違法行為だし、ヒトラーになぞらえた論評を禁じた国際法などありません。世界では150カ国でヘイトスピーチを犯罪としていますが、そのほとんどが人種、国民、言語、宗教、ジェンダー等に基づく差別扇動をヘイトスピーチとしています。例えばドイツでは、刑法130条で「国籍や民族、民族性、宗教に基づき、集団や個人に対して憎悪や暴力をかきたてる言動」と定めている。ヒトラー礼賛もこれに該当すれば処罰されます。
――そう言えば「フランスやドイツではヘイトスピーチを法律で禁じ、その基準に従えば菅直人元首相のヒトラー発言は処罰対象となる可能性が非常に高い」との学者の発言がありました。この発言はツイッター上でも誤りと指摘され、議論が続いていますが、フジテレビの番組がほぼそのまま流していました。
◆何を根拠にそんなことを言うのでしょうか。無批判に流すテレビ局も論外です。ドイツは刑法130条を示した通りです。フランスでヘイトスピーチに対する処罰を定めたのは、例えば刑法624―3条があります。「出身や特定の民族集団、国民、人種、宗教の構成員か、非構成員であることに基づき、個人や集団について中傷をすれば罰金を課す。ジェンダーや性的志向、障害に基づく中傷も同じ刑罰を課す」などとある。「ヒトラー発言」とは何の関係もありませんから、「処罰される可能性が高い」こともありません。
――確かにフランスでは、例えば右派政党「国民連合」(旧国民戦線)やマリーヌ・ルペン党首をナチスやヒトラーに重ねた政治的論評や批判は主要紙にたびたび登場します。
◆ちなみに米国でも20年の米大統領選の際も、バイデン大統領やメディアがトランプ氏をヒトラー呼ばわりしていますし。つまり、日本の国内法はもちろん、各国の法や国際法からも、菅元首相の投稿がヘイトスピーチにあたることはありません。繰り返しになりますが、ある人物の政治姿勢や言動をヒトラーになぞらえることがふさわしいかどうかは別に議論すべきです。
――思えば、維新の吉村氏はヒトラー礼賛を公言してきた有名医師、高須克弥氏との交友をツイッター上でアピールし、大村秀章愛知県知事のリコールといった高須氏の政治活動まで支持してきました。国際的にあり得ないヒトラー礼賛を繰り返す高須氏について、まず吉村氏は批判すべきだと思うのですが、特に言及しませんね。
◆菅元首相の投稿についてあれこれ言っているのは、維新のライバルである立憲民主党を叩くことに利用したいだけでしょう。それこそどういう人権感覚をお持ちなのでしょうか。
――最後に愚問と知りつつお聞きします。先日死去した石原元都知事についてもツイッター上でバトルがありました。法政大の山口二郎教授が石原氏の女性や外国人などに対する過去の差別言動に触れて「日本で公然とヘイトスピーチをまき散らしてよいと差別主義者たちを安心させたところに彼の大罪がある」と投稿(2月1日)すると、自民党の長島昭久衆院議員が「こういうのこそヘイトスピーチだ」(同)と批判しました。ある人物の政治的言動を論評・批判することはヘイトスピーチですか。むしろテレビなどの石原氏礼賛一色の報道こそ異様に映りましたが。
◆自分と異なる意見や聞きたくないこと、不快に感じる、汚く感じる言葉がヘイトスピーチだ、と考えているのでしょうか。山口氏があの時期に投稿をした是非はまた別に議論すればいい。長島氏は国会議員です。政治家なら、自分が聞きたくない言葉をヘイトスピーチとくくる前に、ヘイトスピーチとは何なのかを学んでいただきたいと思います。それにしても、こんなことを許していたら、政治家ら権力者がますます喜ぶだけですよ。
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発端となった菅直人氏のツイートはこちら
日本維新の会は菅直人氏に対して正式に抗議したそうだが、維新の会ウェブサイトで「ヒットラー」「菅直人」と検索しても何も出てこない。
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